母をたずねて三百里

母を訪ねて一人旅中。玲糸の日記。

私は誰も幸せに出来ない、同時に誰でも幸せに出来る①

 

9月になって急に寒くなりました。

 

私はそのタイミングで見事に風邪をひき4日間ほど寝込んでいます(笑)

 

咳のしすぎで腹筋が筋肉痛です(笑)

 

 

 

 

しかし、寝込んでいる時っていろいろと気づくもので、

自分の心を無視して頑張ろうとする私に

体が必死で伝えてくれてるのかなぁ…

と思います。

 

 

 

そして、私がものすごく自分でもびっくりな気づきがあったので(ちっぽけな事なんだけど)シェアします。

 

 

 

 

 

私が恐れていたもの

 

私は恐れていることさえ気づかなかったけどきっと1番恐れていたもの

 

 

 

 

 

 

それは、

 

おばあちゃんでした。👵💓

 

 

 

 

 

 

今、私は出身地長野県にあるおばあちゃんの家で寝込んでいます(笑)😷

 

 

たまに、帰郷する時があっても友達と会ったり

何か用事があるから来るだけでゆっくりいることがあまりなかったから気がつかなかったけど

 

 

 

私はおばあちゃんから批判されることを1番恐れていることがわかりました。👵❌

 

 

 

 

 

私が高校生の時、授業中に「尊敬する人は誰ですか?」というアンケートに私は「おばあちゃん」と書きました。

 

 

 

 

私は自分の家が引越し続きだったり、母子家庭で忙しかったりしたことでおばあちゃんの家でたくさん過ごし、育ちました。

 

 

 

おばあちゃんは弱さを見せない強い女性です。(仮に弱さを見せないことを強さと呼ぶとしたら)

 

 

おじいちゃんを早くに亡くし、きっと1人でいろいろなものを背負って生きているから、弱さを見せられなくなったのか、もともとの性格なのか知りませんが…(笑)

 

 

 

おばあちゃんは、朝昼晩きちんとご飯を作り、毎日掃除をして、洗濯をして、孫の面倒を見て、「辛くても辛抱するだ」って口癖なおばあちゃんです。

 

 

 

 

 

そんなおばあちゃんの家で寝込んで過ごしていた私の感想は

 

 

「おばあちゃんマジで元気」

「おばあちゃんなんか少女のようだな」

ということと。

 

 

「おばあちゃん基本怒ってる」

「おばあちゃん基本文句いってる」

「おばあちゃん基本ため息ついてる」

ということでした。

 

 

 

 

基本的に何をするにも「辛抱、辛抱、無理矢理頑張らないと」ってゆう精神で何でも1人で頑張るおばあちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

おばあちゃんの小さな怒りや批判やイライラにでも一つ一つ敏感に反応して怯えている私がいました。

せかせかしていて、「忙しい」という態度をとられるだけで何も言われてないのに「ごめんなさい」と思ってしまう私がいました。

 

 

 

「どうしてこんなに気になるんだろう?」

「どうして自分が悪いと思ってしまうんだろう?」

 

 

 

 

 

その答えがわかった時私はひとつ自由になれた気がします。

 

 

 

 

 

 

その答えは

 

 

 

 

「ママを守りたい」でした。

 

 

 

 

 

おばあちゃんは母子家庭で育つ私のことをいつも「可哀想、可哀想」と言っていました。

 

そして、私が何かあるたびにママを責めていました。

「お前の躾がなってない」とか「母親なんだからこうゆうふうにしてあげないとダメだ」とか。しまいには私のパパの悪口まで…

 

 

 

 

 

私はそれがものすごく嫌だった。

 

 

自分の行動が原因でママを責められたくないし、おばあちゃんのことも大好きだから2人が喧嘩することが嫌でした。

 

 

 

そして、田舎の特徴(笑)&おばあちゃんのお喋りな性格もありその話は親戚中に広まります。

 

 

よってたかってみんなでママを責めるわけです。

 

 

今では、みんなママのことが大好きでしてくれていることはわかるけど、どちらにしろ良い空気ではなく

 

 

私は自分の行動でママが責められないよう無意識に行動していたことに気づきました。

 

 

私の中でちゃんとする=おばあちゃんの正しいと思うやり方で生きる

 

 

という方程式が出来上がっていました。

 (もちろんその方程式に反発することは多々あるけど、自分が何に反発していたのかがわかってスッキリ✨)

 

 

 

なんか、それに気づいた時に涙が出てきて、いろいろと自分が勝手に背負っていたものを手放せた気がしました。

 

 

 

 

 

そして、そして、そして!(笑)

そう気づいた時に私の想像力は働いて。

 

 

 

 

おばあちゃんはずっとママを責めいたけど、ママを通してずっとおばあちゃん自身のことを責めていたんじゃないかなぁ。

 

と感じました。

 

 

 

そう、想像した時に「ママが大変な時に自分がすぐ駆けつけてあげられなかった話」とか「自転車で足を挟んじゃった話とか」繰り返しよく話してるなぁと気づきました。

 

 

 

 

きっと、

おばあちゃんは

「孫の私が可哀想な思いをするのは娘をきちんと育てられなかった私のせいだ」

「あの時私がああしていれば…」

 

そんなふうに亡くなったおじいちゃんに変わって家族の全ての幸せの責任を引き受けてしまっているんじゃないかなぁ…

 

 

 

そう感じました。

 

 

 

 

 

 

 

そして、私もおばあちゃんと同じように家族の幸せの責任を勝手に背負っている事にも気がつきました。

 

 

 

 

長くなったので次へ続く…

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